引き裂かれた絆 第1話


スクラッチ社。
長きにわたる激獣拳と臨獣拳との戦いの末、5人の激獣拳使いと2人の臨獣拳使いが融合し、そして全ての神になろうとしていた幻獣をも封印し、ようやく戦士達の間にも休息が訪れた。
2人の臨獣拳使いは残念ながらこの世からいなくなってしまったが、5人の激獣拳使いはこれからも激獣拳の心を伝えるため、それぞれの思いで旅立った。

「…私は…負けぬ…!」

どこからともなく、不気味な声が漂ってくる。

「…私は…負けられぬ…!」

不穏な空気が、スクラッチ社を流れる。
その空気の流れは建物の奥深くでぴたりと止まり、徐々に集まって来たかと思うと、そこからスゥッと人が現れた。

「…ククク…!」

金のきらびやかなローブに身を包んだ、スラッと長身の男。
金髪で、その風貌はどこか妖しく、どこかエロティックであった。
だがその瞳はギラギラと輝き、瞳の奥は確かに欲望を抱いていた。

「…愚かな…。“慟哭丸”で私を封印したつもりでいたのですか…!!」

その男こそ、かつて激獣拳使い達が封印したはずの幻獣ドラゴン拳使いのロンであった。

「私は全ての神になる男。そんな私がやすやすと封印されるわけがないのです」

そう言うとロンは、静かに社内を歩き始めた。

「今こそ、私が神になる時!そのためにはまず…。忌々しい激獣拳使い共をこの世から消し去る必要がありますね」

ロンの口許が思わず綻ぶ。

「私の力をもってすれば、消し去るのは簡単なのですが、それでは面白くありません。激獣拳使い達が大好きで、私が大嫌いな“絆”とやらをズタズタに切り裂いてやる必要があるでしょう。七拳聖は私の敵ではない。怖いのはゲキレンジャー。あやつらこそ、私が一番嫌いとする“絆”を大切にする。おまけに成長途中でいつ何時、真の敵になるか分からない。そんな輩は早いうちにこの世から消す必要があるでしょう。…そう、最も残酷な方法でね…!」

気が付けばロンは、人目に付きやすそうな、明るい場所まで来ていた。

「…おやおや。私としたことが、考え過ぎるあまり人目に付きやすい場所まで来てしまいました…」

そう言うとロンは、金のきらびやかなローブをそっと被った。
その途端、ロンの姿が消え、金色の空気がスゥッと動き始めた。
やがて、その空気はある場所に入り込み、再びロンが姿を現した。

「さてさて。誰から始末していきましょうか…!」

その時だった。

パタパタパタ…。

足音がロンのいる場所に近付いてきた。
その瞬間、ロンは再びローブを被り、スゥッと姿を消した。
と同時に、一人の若者がその場所、フィッティングルームに飛び込んできた。

「…ふぅ…!」

スラッとした長身。
でもどことなくあどけなさを残す若者、深見レツ。
かつてはゲキブルーとして様々な技を華麗に使い、幾戦も切り抜けてきた。
今はスクラッチ社に残り、様々な激獣拳の技を子供達に教えている。

「…ったく、なつめちゃんったら…!」

そう言うと水道から水を手に取り、勢いよく顔にかけた。
水しぶきがキラキラと輝きながら周囲に飛び散る。

「最近、キラキラビームが出すぎだよなぁ…!」

うんざり気味に言うレツ。

「僕を尊敬してくれているって言うのは分かるんだけど、あまりにベタベタ過ぎて…。やりにくいったらありゃしないよ!」

なつめと言うのはレツの上司で、スクラッチ社の重役である真咲美希の娘である。
戦いが終わった後、レツに憧れて、他の子供達と一緒に激獣拳を学ぶようになったのだが…。

「…まぁ、美希さんの子供だしなぁ。性格が似ているって言うか…」

鏡を見ながら大きく溜め息を吐き、髪の毛を弄ってみる。
だが、そんなレツの心の中には、1人の男の存在があった。

「…兄さん…」

幼い頃からの憧れで、尊敬している兄・深見ゴウ。
レツが幼い時、ゴウは死んだと思っていた。
ところがゴウは生きていて、禁断の激技を使い、獣人化していた。
そのため、再会したゴウは、幼い時に見た兄そのものだった。
ゴウは過去の自分と決別し、ゲキバイオレットとしてレツと一緒に戦った。
戦いが終わった今は、ゴウは一人放浪の旅に出ている。

(兄さんらしいや…)

最初に聞いた時、レツはそう思った。

「兄弟だからな。どこにいても、どんなことでも分かるさ」

いつだったか、ゴウが発した言葉。
レツはずっと覚えている。
普段はクールに決めている兄が、弟のことになると我をも忘れ、どんな窮地にも飛び込んでくる。
そんな兄がレツは大好きだった。

「…兄さん…」

鏡に向かって話しかけるレツ。

「…兄さんは今、どこにいるの?」

鏡の向こうに、ゴウの優しい笑顔が幻のように浮かぶ。

「…会いたいよ…」

心がモヤモヤする。

(何故?)

レツは、今までになかった感情に戸惑っていた。

(死んだと思っていた兄さんが、目の前に現れたから?姿を現した兄さんが、僕が幼い時の若々しい兄さんだったから?)

「…でも…」

じっと鏡を見つめ続けるレツ。

(…兄さん…。ずっと僕の傍にいて欲しいよ…。…ゴウ…兄さん…)

「なっ、何を考えてるんだ、僕はっ!」

自分の思いを振り切るように、レツは頭をブンブンと振った。

「…でも…」

もう一度、鏡を見るレツ。

「…会いたいよ、兄さん…」

そう言うとレツはフィッティングルームを出ていった。

「…クククク…ッ!!」

その直後、ロンが再び姿を現した。
しかも、さっきよりも笑みが大きく膨らみ、目はギラギラと輝いていた。

「これはこれは。トップシークレット級な情報を仕入れてしまいました…!」

今にも笑い出しそうなロン。

「ではまずはここから始めるとしましょうか…」

するとロンは鏡に向かった。

「おいでなさい、鏡の中のレツ!」

そう言うとロンは目をカッと見開き、右手を鏡に向けた。
次の瞬間、ロンの右手が金色に輝き、そこから闘気弾が発せられた。
すると鏡も金色に輝き始めた。
やがてその光が消え、いつもと変わらない静寂が辺りを包んだ。
しかし…。
その鏡の端からレツが姿を現した。
しかも映像を巻き戻しするように、レツは後ろへ後ずさりながら。

「さぁ、こちらへ出てくるのです」

するとレツはロンを見てニヤリと笑った。
と同時に、鏡の中からロンの方へ向かって勢い良くジャンプしたのだ。
次の瞬間、ロンの前にはレツが立っていた。

「本物のレツを地獄へ突き落としなさい。最も残酷な方法でね!」

レツがニヤリと笑う。
どこから見ても、レツそのものだ。
だが明らかに違う点が2点。
着ている青い上着のロゴと、レツの髪の毛の分け方が明らかに違っていた。
ちょうど、鏡に写した時のように全く逆になっていた。

「頼みましたよ、私のレツ」

そう言うとロンは静かにレツを抱き締めた。

「…仰せのままに…!」

レツがそう言うと、2人は金色の光に包まれた。
そして、その場から姿を消した。


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